君のペースでいちにちがはじまった
朝、パジャマのままテレビををみる、歯を磨かない、着替えない。
「はやくおおきくなればいいのに」と苛立ち、鼻息が荒いまま幼稚園に押し込んだ。
洗い物を片付けて、家事をして、昼飯をかき込むと、もうお迎えの時間だ。
幼稚園に向かう車の中で、ふと自分の近い将来を想像する。
君のいない静かな寝室で、あの頃の君を思うだろう。
お腹の上に足を乗せられて払い除けた夜を思い、その足が恋しくなるだろう。
つい怒鳴りつけて「もうお父さん大嫌い」と言われた夜を思い、裏側にある「お父さん大好き」に気づくだろう。
苦しくて起きると兄弟全員の頭が自分の胸に乗っていて、朝の息はちょっと臭い。けどとても心地よい重さと暖かさを思い出すだろう。
満面の笑みを自分だけに向けてくれた陽だまりを思うと、一度でいいからまたあの頃の君にも会いたいと、涙が止まらなくなる日が来ると、想像して、涙が止まらない。
君のペースで1日が終わった。
やりたいこともできず、明日の幼稚園の支度をし、永遠にゼロにならない洗濯カゴの中身をドラム式洗濯機に放り込んで寝る。
床に散乱するおもちゃ。ペンのキャップはぜんぶ色が違う。
ため息をつきながら子供をかきわけて布団に入って、自分の近い将来を想像する。
君が巣立った静かな家で、柱の傷や壁の穴、家具の落書きやシール跡を見て微笑むだろう。
かつて一緒に入ったお風呂で広々と足を伸ばし、湯気の中の笑い声と水しぶきを思い出すだろう。
散々送り迎えした幼稚園の前を、学校の前を通るたび、発表会や運動会で緊張した顔を思い出すだろう。
大好きだよと声をかけて「僕も大好きだよ」と返事をくれた夜を思い出すと、涙が止まらなくなる日が来ると、想像して、涙が止まらない。
過去を思い出して、懐かしさと後悔と、その何万倍もの幸せを思い返し、幸福に包まれる将来は実はもう約束されている。
家族を持つことは、その幸せにたどり着くということ。夫婦であるということは、山のような思い出話で1日を過ごせるということ。
遊びに行った公園も、手を繋いで散歩した裏道も、ジュースをこぼして迷惑をかけたレストランも、外を見るときは靴を脱げと怒った電車の車内も、ぜんぶ変わるかもしれない。なくなるかもしれない。
でも、あの日の思い出は、墓場まで持っていける唯一の財産だ。
君と素晴らしい景色を見て感動した日を思い出すだろう。
はじめてできたことに声を出して喜び合った日を思い出すだろう。
ランドセルに、制服に、スーツに、頼もしい成長を思い出すだろう。
本当に素晴らしい思い出をたくさん作ってくれてありがとうと心から思い涙が止まらなくなる日が来ると、想像して、涙が止まらない。
涙が止まらなくなる日が来ると、想像して、涙が止まらない。
この涙は、生まれてきた意味だ。
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