日本の古来のセクシャルアピールは、かなりムッツリだと思う。
うなじ。指先。袖口。
簾の向こうにぼんやり見える人影。
ほとんど何も見せていない。
一方、世界のダンスを見るとけっこう直接的だ。
サンバ、ベリーダンス、レゲエ、ヒップホップ。
もちろん性的な意味だけではないけれど、胸、腰、尻と、身体の中心を大きく動かす。
日本はその頃、何をやっていたのか。
古典を見てみると、思っていた以上だった。
『源氏物語』の「空蝉」では、源氏が女性たちの碁をこっそり覗いて、まず目を留める描写のひとつが「手つき」。しかも空蝉は痩せた手をずいぶん隠している。顔でも胸でもなく、隠している手を見ている。『源氏物語・空蝉』
「夕顔」では、女の家から出てきたのは、香を焚きしめた白い扇。その扇に花を載せて源氏に渡す。まだ本人はほぼ出てこない。女の姿より先に「残り香のついた物」が来る。『源氏物語・夕顔』
「野分」では、風で御簾が吹き上がって、普段は見えない紫の上が一瞬見える。夕霧はそこで完全に目を奪われる。ポイントは、紫の上が何か誘惑したわけではなく、風が御簾をめくっただけというところ。『源氏物語・野分』
さらにすごいのが「若菜上」。
猫がもう一匹の猫に追われて走る。
猫についていた長い紐が御簾に引っかかる。
御簾が開く。
女三宮が見える。
それで柏木の人生がおかしくなる。
原文にも御簾が「あらはに引き開けられた」とあり、夕方でよく見えないことまで惜しんでいる。その後の悲劇全部の入口が、猫が偶然めくった御簾である。『源氏物語・若菜上』 國學院大學も、この唐猫による垣間見を物語の転機として解説している。國學院大學
宇治十帖の「橋姫」もすごい。
薫が透垣の戸を「すこし」開けて見る。
霧がある。
月は雲に隠れている。
そこへ急に月が出て、琵琶の撥をいじっていた女性が、撥の向こうからちょっと顔を覗かせる。
それを見て心が動く。
胸も腰も出てこない。
霧、月、垣根、簾、琵琶、指、顔の一部。
障害物が多い。『源氏物語・橋姫』
『伊勢物語』の「筒井筒」では、浮気をしていた男が、妻も浮気しているのではないかと疑って庭の植え込みに隠れる。
そこで見たのは、誰も見ていないのにきれいに化粧をして、自分の身を心配する歌を詠む妻だった。
それを盗み見した男は妻を「限りなくかなし」、つまり猛烈に愛おしいと思って、浮気相手のところへ行かなくなる。『伊勢物語・筒井筒』
『枕草子』では、「心ときめきするもの」として、いい香を焚いて一人で寝ること、香りの染みた衣を着ることが挙げられている。
さらに男を待つ夜には、雨や風の音がしただけで「来たか」とドキッとする。
男はまだ来ていない。
音だけである。『枕草子・心ときめきするもの』
極めつきは『徒然草』かもしれない。
兼好は、恋愛というものは実際に男女が逢うことだけをいうのではない、とわざわざ書いている。
逢えなかった恋を思う。
果たされなかった約束を嘆く。
一人で夜を明かす。
遠くにいる人を想像する。
そういうものこそ「色好む」なのだという。『徒然草』137段
ここまでくると奥ゆかしいというより、もはや思想である。
見えたら完成ではない。
見えない方がいい。
逢えたら完成でもない。
逢えない方にも色気がある。
日本人はかなり昔から、情報が欠けた部分を自分で補完することに異様な熱意を注いでいたらしい。
そして面白いのがInstagramだ。
最近、一見普通のリールの中にほんの一瞬だけサービスショットを混ぜる動画をよく見る。
見えた気がする。
戻る。
止める。
失敗する。
もう一度見る。
かなり御簾である。
実際、「一瞬を止めさせる」こと自体は海外でもPerfect Pause、Pause Challengeなどとして流行していて、何度も再生して狙ったフレームで止めることそのものがコンテンツになっている。海外のPerfect Pauseの例 「Blink and you’ll miss it」と称するthirst trapも実際にあるので、日本独自の現象ではない。Instagramの例
残念ながら、この「一瞬だけ見せる性的なリール」が日本と海外でそれぞれどのくらい見られているか、比較できる統計は見つからなかった。
もし日本だけ明らかに再生回数が多かったら、かなり面白い。
平安時代は猫に御簾をめくらせ、2026年は動画を0.1秒だけ挟む。
千年かけて画面が縦長になっただけかもしれない。
考えてみると、今でも日本人はこういうものが好きだ。
浴衣のうなじ。
髪を結ぶ仕草。
髪を耳にかける。
伏し目。
鎖骨。
手。
声。
香り。
透け感。
チラリズム。
身体の中心そのものより、その周辺にずいぶん色気を配置する。
現代の日本人も腰は振るようになった。
でもその腰を振る動画の中に一瞬だけ何かを隠されると、わざわざ戻って止めている。
世界共通の直接的な身体表現を輸入した後も、その奥では案外ずっと、御簾の隙間を覗いているのかもしれない。
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